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★日本男子フィギュアスケーター サムライ達の系譜★

前エントリー ★激しく動くNobuoちゃん?★(ォィォィ)
http://openaxel.blog14.fc2.com/blog-entry-124.html
 
執筆中に消えた後半部分を…(泣)
(こっちのほうが遥かに長かった)

随分前にUPした以下のエントリーで紹介しきれなかった
男子シングル 全日本チャンピオン達の映像を発見しましたので紹介します。

★王者&女王の系譜…日本人選手編★
http://openaxel.blog14.fc2.com/blog-entry-48.html

全日本フィギュアスケート選手権 - Wikipedia

全日本選手権の歴代3位までの選手名が並んでいます。

YouTube - Minoru Sano 1977 World Championships FS
http://www.youtube.com/watch?v=yZ5qaY92LSs



皆様に紹介済みですが…やはり、この選手だけは外せません。

新しいフィギュアスケートファンの方には【居酒屋解説】なんて言われていますが…
日本人選手が世界に通用する事を証明してみせた偉大なチャンピオン佐野稔選手です。

佐野稔 - Wikipedia

男子シングルでは佐藤信夫先生の10連覇に次ぐ歴代2位の5連覇

1977年、世界選手権(東京)3位となり、日本人初の銅メダルを獲得。
『ブダペストの心』で滑ったフリーの評価は1位でした。
当時、5種類のトリプルを跳ぶ選手として、世界トップクラスの評価を受けました。

当時の映像をみれば、日本スケート界の悲願達成の喜びが伝わってきます。

当時の日本男子は打倒 佐野稔に挑むサムライ達がいました。。。

佐野稔が5種類のトリプルジャンプなら…
『オレは6種類のトリプルで勝ってやるっ!』 サムライの名は松村充

日本スケート界 トリプルアクセルの壁に挑戦したサムライです。

★トリプルアクセルへの挑戦…★日本人選手のパイオニアって?
http://openaxel.blog14.fc2.com/blog-entry-91.html

Axel 
フィギュアスケーターにとってのキング・オブ・ジャンプ

トリプルアクセルが注目を浴び、話題になった選手では伊藤みどり選手が有名ですが
当然の事ながら、初めてのトリプルアクセルジャンパーは男子選手なんですよね。

YouTube - Mitsuru Matsumura 1978 Worlds LP
http://www.youtube.com/watch?v=r6xE0ONJfa8&feature=related



松村充 - Wikipedia

1950年代後半~1980年代あたりまでは 第一人者の連覇の時代が続きました。
佐藤信夫 10連覇 小塚嗣彦 3連覇 樋口豊 3連覇 佐野稔 5連覇

絶対王者を破るためにトリプルアクセル完成を目指したのでしょう…

安定した5種類のトリプルを跳ぶ佐野稔 
かたや豪快なスーパーアクセルと称されるほど高さと飛距離が抜群のジャンプを跳ぶ松村充。

トリプルアクセル完成は勝つことだけではなくフィギュアスケーターとしての本能だったのでしょう。
ジャンパーの宿命、怪我に苦しんだと聞いています。

精悍な顔立ちの選手でしたから、絶大な人気がありました。

YouTube - Mitsuru Matsamura 松村充 (JPN) - 1979 World Figure Skating Championships, Men's Long Program
http://www.youtube.com/watch?v=ctx7Pwx71Uk&playnext_from=TL&videos=OyOCPRk6QPE




彼のトリプルアクセルのDNAは後に続く後進の選手達へ託されたのです。

YouTube - Fumio Igarashi 五十 嵐文男 (JPN) - 1979 World Figure Skating Championships, Men's Long Program
http://www.youtube.com/watch?v=Ip6Yd88K2mU&NR=1



もうひとりのサムライは…五十嵐文男

独創的な表現力、正確な技術を武器とし、虎視眈々と力を蓄えていった、王者です。

五十嵐文男 - Wikipedia

YouTube - Fumio Igarashi 1981 Exhibition
http://www.youtube.com/watch?v=EjYTci46tCA&feature=related



このエキシビションは、日本人選手の真面目な印象を一気に変えたのかも…
斬新なイメージや世界観は彼独特でしたね。
エンターテイメント性を多く取り入れ、数多くのファンの心をつかんだ選手でしょう。

上記3選手達が10年間、後進達の挑戦をことごとく返り討ちにしたサムライ達です。

このあと…私の少し上の先輩選手達が上位をうかがい始めていました。

染矢慎二 無良隆志 小川勝 各選手達

無良隆志選手は無良崇人選手の父ですね。
映像が見つからないのが残念です。

染矢慎二 無良隆志 両選手は強化選手時代によくいじられた先輩です。

YouTube - 1987 Worlds CF SP LP News Report Fluff (JPTV)
http://www.youtube.com/watch?v=-1cIIJVhiY0&playnext_from=TL&videos=Jr3JuEGnzFY



この時代には私と同世代選手達が多く…
映像の中には、伊藤みどり選手の他に
小川勝昇(改名)選手と加納誠選手の映像が収められています。

松村充のトリプルアクセルのDNAは…
加納誠選手と伊藤みどり選手に受け継がれたのです。

この時代…日本国中 伊藤みどり一色でしたから…
男子チャンピオンのふたりを覚えておられる方は少ないかもしれないですね。

世界選手権やオリンピックで男子シングルは2桁順位だったのですが
伊藤みどり選手と同様に、コンパルソリーの出遅れが大きく影響しています。

この時代では伊藤みどり報道一色という感じで、他の女子選手や男子選手は取り上げられる機会も少なく
ある意味、男子シングルの冬の時代と揶揄されていましたが…
世界選手権などの国際大会での入賞レベルへの到達への障害はコンパルソリーの成績だったようで
フリースケーティング技術レベルではトップクラスに肉薄していましたが
伊藤みどりへのメダルへの期待などが大きく取り上げられ、男子選手はメディア報道では不遇の時代だったのです。

YouTube - Makoto Kano (JPN) - 1987 NHK Trophy, Men's Long Program
http://www.youtube.com/watch?v=AcHrqic-xiQ



加納誠選手と私は、同じリンクで育った間柄…一番試合をした仲です。(通算20回ぐらい) 
年齢(3歳違い)は違いますが、スケート開始時期や所持級の取得ペースが
ジュニアに上がるまでは、ほぼ同じだった事で、毎回試合してましたね。

全国レベルの競技会に出場するようになってはじめてトップスケーター達の凄さを肌で感じ、互いに真剣になっていったように思います。

佐野稔・松村充・五十嵐文男・染矢慎二・無良隆志・・・
この時代の先輩スケーターを目指し、精進していった次の世代に
小川勝・加納誠・藤井辰哉・鍵山正和などの後の全日本チャンピオン達が続いたのです。

全日本チャンピオンへの道は世界への道です。。。

同じ時代にオリンピック出場を目指した、同世代選手のBlogです。
彼もまた、全日本チャンピオンに輝き、名を残したサムライです。

TATSUYA@PARADISO:自分にとってのオリンピック。 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/ma4news8/archives/51343674.html

私達の時代は、コンパルソリー重視の時代から
徐々にフリースケーティング重視と、現代スケートに近づいていった変革期でした。

この時代のルール変化も対応が大変だったのです。

同じ時代に海外では…
ブライアン・オーサー アレクサンドル・ファデーエフ ブライアン・ボイタノ
ヴィクトール・ペトレンコ カート・ブラウニング エルビス・ストイコ アレクセイ・ウルマノフ
などの
'60年代生まれ世代から'70年代生まれ世代へと移り変わり…
トリプルアクセルからクワドへと技術競争が進んだのですね。

男子選手には、どこか競技に勝つことよりも、世界の誰も成功していない事を公式戦で決めてみせるって気概が感じられます。
スケート界にしっかりと、その名を記憶として残したいという気持ちがあるのですよね。


今、改めてみると、海外のトップスケーターは凄いメンバーですね。
スケートを断念する事なく続けていたら、このメンバーと同じリンクに立つ事が出来たかも知れない…
って、思うと少し淋しく感じます。。。

ライバル達の夢を託された日本代表選手達は日の丸を背負い世界の強豪選手に立ち向かったいったサムライ達なんです。。。

さらに時代は進み…90年代以降へ。。。

YouTube - Masakazu Kagiyama 1993 N*K Trophy LP
http://www.youtube.com/watch?v=TppdzqfcFGw&playnext_from=TL&videos=Eek6eVxTDus



鍵山正和 - Wikipedia

全日本選手権3連覇のチャンピオン
'92-'93シーズン世界選手権8位入賞 翌シーズン6位入賞

日本で最初のクワドジャンパーと紹介されています。

YouTube - Takeshi Honda 2002 Olympics LP
http://www.youtube.com/watch?v=jGLMAaLHvt4&feature=related



そして、日本男子選手が世界の頂点に一番近づいたサムライが登場します。

本田武史 - Wikipedia

2003年四大陸選手権のフリースケーティングでは、2種類3度の4回転を成功させた。
1つのプログラムで4回転を3度成功させたのは、現在でも本田を含め世界で4人だけである。
さらに、練習ではアクセルを除く5種類のジャンプで4回転を降りていたという。

宇宙人たちと戦った日本のサムライです。(笑)

タラレバは良くないですが、世界チャンピオンの称号を獲得していてもおかしくない選手です。
この時代の世界のライバルたちは本当に凄すぎた。。。

YouTube - Yamato Tamura 2004 4CC FS
http://www.youtube.com/watch?v=5zUZc8Mk8oM&feature=related



田村岳斗 - Wikipedia

現役選手を除けば、最も多くの女性ファンを獲得したかもしれないサムライ。

金髪モヒカンヘアで全日本チャンピオンを獲得した傾奇者?
岳斗の【宇宙戦艦ヤマト】など、ファンの心に残るプログラムや
1997年NHK杯のフリー演技直前 『岳斗結婚して!』エピソードなど…
岳斗伝説ココにありと、記憶に残るイケメンスケーターでしたね。

このエピソードは田村岳斗選手が緊張のあまり…
アイスダンスの選手であった河合彩選手に滑走前に『なんでもいいから声をかけてくれ』
と、頼んだ事がきっかけだったようです。

田村岳斗選手ファンの間では一瞬、『今の声…誰?誰?』と、なったみたいです。

現在は関大リンクで濱田美栄コーチの元、村元姉妹など将来有望選手達を指導しています。
競技会会場で一際ダンディーな姿の紳士が立っていたら田村岳斗君です。

本田武史君は…何故か周囲に溶け込んじゃってわかりにくいですね。。。

J SPORTS|ROAD TO VANCOUVER 田村岳斗 -華麗なる舞-
http://www.jsports.co.jp/tv/winter/figure_blog/

動画が見つからず、紹介できなかったチャンピオンもいますが
チャンピオンだけでなく、チャンピオンに挑んだスケーター達も立派なサムライ達です。。。

日本男子シングル現役世代達も世界と戦うサムライ達ですね。。。

高橋大輔選手は本田武史から…
小塚崇彦選手は小塚嗣彦・佐藤信夫から…
織田信成選手は織田信長から? (笑)



日本女子選手達の華麗な演技も素晴らしいですが
男子フィギュアスケーター達の魅力にも注目して下さいね。

昔の選手達のジャンプ…
Wrong edgeとか、ほとんど見受けられない事に気がつきましたか?


今のルール運用などの問題も、こういった昔の映像からでも
その必要性を感じ取れるかと思います。。。

元全日本チャンピオン達の映像には高難度ジャンプの挑戦だけでなく
高難度技術習得のための、技術の確立が形になっていく過程も垣間見れます。
簡単に書けば、
空中でのバックスクラッチスピン姿勢の空中構築&着氷技術…コレが進化の歴史!


★受け継がれていくDNA…日本FS界の歴史★
http://openaxel.blog14.fc2.com/blog-entry-89.html

上記エントリーは日本フィギュアスケート界 黎明期の選手を紹介しています。

コメント欄には、ご紹介しきれなかった選手達の映像や
投稿者さんオススメの素晴らしい映像をご紹介して下さればみなさんが楽しめますね。

参考にさせて頂いたWEBサイト様には感謝いたします。 

★Figure Skating Guideline★ エントリー 一覧 
http://openaxel.blog14.fc2.com/blog-entry-109.html

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この記事へのコメント

懐かしき時代 - ひさ - 2010年04月30日 16:48:09[ 再編集・削除 ]

こんにちわ。
たくさんの貴重な記録を教えていただき、有り難うございます。

90ー91シーズンを最後に男女シングルのコンパルソリーが廃止されたのですよね?
伊藤みどりさんはコンパルソリーが苦手だと言われてましたが、普段はその練習に相当な時間を費やしている~と何かの番組で見た事があります。
ショートやフリーでは敵わなかった八木沼さん佐藤有香さんが、全日本のコンパルソリーで伊藤さんより上位につけた事もあったと記憶していますが、やはり競技でコンパルソリーを経験している方の滑りは綺麗だなぁと素人ながらに思います(経験ない選手の滑りが綺麗ではないという事ではありません)。

コンパルソリー得意だった加藤雅子さんとか旧ソ連の(古い=笑)キラ・イワノワとか西ドイツのネスケ…懐かしいです。

主様が書かれた内容から外れてしまい失礼致しました。

おおっ! - のはら - 2010年05月01日 00:27:56[ 再編集・削除 ]

佐野vs松村 最初から見応えあります。
佐野さん、エレガント(優雅)って外国の解説者が言ってますね。
松村さんの3Aはダイナミックですね、スゴイ。日本のMr.3Aです。伊藤みどりさんは、松村さんからコーチ受けてるんですか??????

一番驚いたのは五十嵐さんです。外国の解説者がバレエのように素晴らしいというようなこと言ってます。こんな素晴らしいスケーターが日本にいたんだ。お名前はよくお聞きするのですが、演技を始めて見ました。素晴らしい。まだ全部見れてません。今日はおやすみなさい。
Sakura様もオヤスミになって下さい。朝早くから練習する選手たちと全く逆の生活になってませんか???

懐かしい~~~~ - どら@1492 - 2010年05月01日 01:37:58[ 再編集・削除 ]

男子のエントリー、ありがとうございます!
いや~懐かしいなぁ・・・佐野さんの号泣シーン、ほんとに印象的でした!まさに、「男が泣くとき」って感じでしたよねぇ。
そして、松村さん!私はどっちかって言うとこの方は綺麗なポジションのイーグルと、すっばらしくエアリーな高さのあるバレエジャンプが印象的でした(実はこのころはジャンプの見分けがあまりついてなかったww)ルッツとアクセルしか判りませんでした(笑)

というわけで・・追加です。ヤマトとタケシ。
長野五輪のころは、氷上のKinki-Kidsとか言われて(笑)写真集まで出ちゃいましたよねー。
クワド、クワドと煽られたタケシも可愛そうでしたが・・・・でもエースとして自国で五輪を迎えられる、というのは本当に素晴らしい経験だったと思います。

長野五輪翌シーズン 国際試合にてクワド初成功
Takeshi Honda 1998 NHK Trophy
http://www.youtube.com/watch?v=CsFwTwxV1aU&feature=related
実は私は『仮面の男』はヤグよりタケシのこっちのほうが好きだったりします。

2001年四大陸選手権
Takeshi Honda 本田武史 2003 四大陸選手権 FS
http://www.youtube.com/watch?v=Ei80sMT8050&feature=related
ヤグも、プルもやってない1プロ3クワド(ミン・ジャン(張民)、ティモシー・ゲーブル、本田武史、ブライアン・ジュベール)です。

そしてヤマト。
シェルブールの雨傘 田村岳斗 1997年 全日本選手権
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5562742
この全日本の優勝で長野五輪のもう一つの枠を決めました。
しかしこのころは後に赤いシースルー着るとか、モヒカンにするとか思ってもいませんでした。正統派のハンサム(死語?)になってゆくんだろうなー、日本からも王子様だーと思ってましたが・・・・(笑)

小塚一族の陰謀??(笑) - kママ・・・サラブレッドといえば・・。 - 2010年05月02日 21:23:05[ 再編集・削除 ]

小塚一族の陰謀??(笑)
今頃なんですが、おじいさまの写真と、小塚パパが出てたのでこのエントリーにぴったりかな。

【若き氷上のプリンス 小塚崇彦 バンクーバーへの課題 Takahiko Kozuka 】
http://www.youtube.com/watch?v=GTCi0-AKSSU

舞い戻って参りました - Buendia - 2010年05月04日 15:30:45[ 再編集・削除 ]

こんにちは...

新しいエントリー(^-^)/ ありがとございます。
信夫先生より、佐野稔さんが動いている方がビックリでした(失礼を承知で(^-^;;)。私の中では【居酒屋解説】のイメージそのものでしたので。信夫先生といえば、キスクラで小塚君が先生の話を一生懸命聞く姿にジーン?と来ます。そして微笑ましい。

松村充さんの Mitsuru Matsumura 1978 Worlds LP、すごいですねぇ、うっとりしました。好み♪でもその次の動画が同一人物に思えない...ジャンプの成功率の所為でしょうか?

今更ながら本田君のファンになりそう~~~。仮面の男、知らなかった☆貴重な映像のご紹介ありがとうございます。彼がバンクーバーに居たら...タラレバを考えてしまいます。

。。。質問しづらいのですが、
最近の男子選手のジャンプの飛び方って、昔(少なくとも本田君あたり)と変わってきているのでしょうか。別エントリーで繰り広げてしまった個人感想文に少し書いた、フリーレッグの持って行き方なのですが、昔の時代の方が私好みなワケで(だから何だよっって声が聞こえてきそう...)。アクセルの場合、離氷スタイルもなんとなく?異なる気がするし、高さだけでなく、幅があるように思えるのです。怪我防止のため、という運動物理学?力学?的理由であればショウガナイというか賛成なんですけども...変なこと書いてたらごめんなさい。
ちなみに、Wrong Edge は元々見分けがつかず...未だに Lutz と Flip も区別がつかない...
Sakuraさん、お忙しいでしょうし、答えづらい(もしくは答えたくない)質問もあると思うので、お返事なくても全然良いです♪ちょっとコメントしたかっただけだす。。。

Buendia さんへ・・・ジャンプの変遷 - どら@1492 - 2010年05月04日 22:46:11[ 再編集・削除 ]

>最近の男子選手のジャンプの飛び方って、昔(少なくとも本田君あたり)と変わってきているのでしょうか。

確かに変わっていると思います。それも、佐野御大の頃→クワド時代で一回、~ソルトレイク→新採点法施行から現在って感じで。現在はちょうど変化中、なのかな。

放物線を描くのが美しいジャンプですが、これが回転数を増やすために限りなく高く、長くを追求していったのがクワド時代~ソルトレイク、そしていかに省力化(ケガ防止、スタミナ浪費防止)するかで最近第二の変化が起こっているように思います。いわば、ジュベール型からレイノルズ型へ、といったらわかりやすいかな。

ここで御大が言ってますが(キスクラ部分)
KOTIN V. 1985 LP
http://www.youtube.com/watch?v=wwHA_PNphVE&feature=related
「僕たちの時代とはジャンプが違う」
この頃の選手、っていうのはこのコチンがそうですが、フリーレッグが着氷した際、氷面と水平に弧を描くんですよね(おそらくBuendiaさんの好みのフリーレッグの軌道、はこんな感じではと推察しますが・・・違うかな?)

どうしてもこうだとつま先が遠回りになって、フリーレッグの捌きが遅れ、ツーフットしやすくなるので、多回転化に伴ってぎりぎりまでフレーレッグを開かずに、着氷と同時に振り上げる感じになってきます、それがクワド時代。もちろん水平回転のほうが美しいですから、綺麗なクワドジャンパーはフリーレッグの開きが早いです(張民、チェンジャン・リー、ウルマノフ)

そして、最近は軸を細くして回転速度を速め、低空でもクワドを完了させるタイプが出てきました。その代表格がカナダのケヴィン・レイノルズ君だと思います。

以上、オールド男子オタの考察でした。

これが判りやすいかも
クワドジャンパーの歴史(BraveKing Quad Jumper )
http://www.youtube.com/watch?v=BRsNziu4oEE&mode=related&search=
ちなみに、最初はオーサーとサボフティック(練習映像)、2番目がファデーエフ(サライェヴォ五輪公式練習)、3番目がカート(1988年ワールド)、4番目がバルナ(アルベールヴィル五輪)5番目がウルマノフ(1997年GPF)以下、クーリック(長野五輪)・・・・と続きます。

ウルマノフ氏の若い頃はカカー(サッカー選手)入ってる... - Buendia - 2010年05月05日 01:25:45[ 再編集・削除 ]

どら@1492さん!m(o・ω・o)m
コメントありがとうございます。変化しながら進化している、という感じでしょうか。

>現在はちょうど変化中、なのかな。

なんとなく、今は多くの選手が苦しんでるように感じます。

>放物線を描くのが美しいジャンプですが、

そうですよね。そして男子であれば、3回転までだったら美しい放物線が見たいな~と...思います。

>おそらくBuendiaさんの好みのフリーレッグの軌道、はこんな感じではと推察しますが・・・

はい、そうです♪ただすごく微妙で...上手く説明できないのですが...どら@1492さんが仰ってる点とは全く異なるしコチン氏とも違うんですが、フリーレッグを回す力で回転する選手は好きくないです(当たり前かっ!)。

>最近は軸を細くして回転速度を速め、低空でもクワドを完了させるタイプ

うぅぅぅん、、、やっぱり淋しい気もしますけど、怪我回避であれば...ショウガナイ...
ただ、本田君の DNA は高橋選手や他の日本人選手にも受け継いで欲しいですよね♪

チェンジャン・リー氏の動画、まだ見れてないです...すみませんっm(*T▽T*)m

>クワドジャンパーの歴史(BraveKing Quad Jumper )

ありがとうございます!...ちょっと目が回ってしまいました(^-^;;
見直して選手の特徴を見極めるようになりたい♪
# しょうもないお返事で...すみません。コメント、本当にありがとうございました。

大変遅くなりました… - Sakura - 2010年05月08日 07:19:04[ 再編集・削除 ]

v-22コメントを頂いた方々へ…

大変遅くなり申し訳ありません。
コメントを寄せて頂いた方々ありがとうございます。
以下、ご挨拶は省略させて頂きますが、ご了承下さい。


v-22ひささん

懐かしかったですか。。。
そうです、'90-'91シーズンが最後ですねぇ。
寂しいですが、時代の流れを感じました。

伊藤みどりさんも、それほどヘタだったわけではないのですが
世界のレベルは物凄く高かったんです。
キャリアと練習環境の差が大きかったですね。

綺麗な氷を求めて、リンクをハシゴしていたそうです。
コンパル世代は、やはりエッジワークが正確です。
エッジワークを使いながら加速させていく技術は素晴らしいです。


v-22のはらさん

みどりちゃんは、山田満知子先生です。
佐野vs松村の戦いは凄かったですよ。

何のノウハウも無い時代に2Aから発展させていく試行錯誤は大変だったと思います。
2Aはフェンスより高かったのではないか?というぐらいのアクセルでした。

五十嵐さんの表現力の高さは年々素晴らしくなっていき
世界トップクラスの評価をもらった日本人選手のひとりでしょう。


v-22どら@1492さん

動画のご紹介ありがとうございます。
エントリーにたくさんの動画をUPすると極端に重くなるんですよね。
もっとたくさん紹介したいのですが…

コメント欄にURLを貼ってくれるのは助かります。


v-22kママさん

小塚一族は3世代スケーターですからね。
日本FS界の歴史そのものです。(笑)


v-22Buendiaさん

お帰りなさい。。。
佐野御大は偉大なスケーターなんですよ(笑)
リンクでの指導はスケートの鬼だったそうです。(今でも?)

松村さんは故障持ちだったので、演技にはバラつきがあったのだと思います。

>最近の男子選手のジャンプの飛び方って、昔(少なくとも本田君あたり)と変わってきているのでしょうか。

男子選手達の動画を見ていってもらえばわかるとおりです。
まさしく、高難度ジャンプの挑戦がもたらした進化の歴史なんですよ。

この事は、エントリーにしようと構想してましたが、どら@1492さんに先を越されてしまいました。(笑)

もう少し先になると思いますが、楽しみにしていて下さいね。

男子選手の技術を見ていけば、女子選手に足りないものが見えてきます。
女子選手達は男子選手達に追いつくために体力差などを克服していく努力を惜しまないのです。
男子選手達もまた、女子選手達から多くの技術を吸収しています。


v-22どら@1492さん

ずるいっ!(笑)

時期エントリーの際は、動画情報を提供するように。。。

10分間耐久 - yotti - 2010年05月09日 00:11:21[ 再編集・削除 ]

こんばんは。
どら@1492さんが4回転の動画を紹介してくれていますが、私も一つ紹介します。ニコ動ですのでご注意を。↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1715007

タイトル通りです。最後のほうは回転を見過ぎて気持ち悪くなります(笑。

レイノルズ選手は低空がゆえにDGになりやすいのでしょうか。彼には新クワドキングとして期待しています。こういう選手がいたっていい!羽生選手の4Tの練習動画がありましたが、あまりの美しい回転にびっくり。もちろん、選手にとっては才能と想像を絶する努力があってこそのジャンプだと思うのですが、クワドファンとしては男子ならではのこのジャンプを見たいのです。

感激!! - YN - 2010年05月11日 10:18:03[ 再編集・削除 ]

始めまして。いつも楽しく拝見させてもらってます。
皆さんのような技術的なお話ではなく、私事で恐縮です。
実は私はレークプラシッドOPで松村選手にひとめぼれして(多分あの時は風邪を押しての渾身の演技だったと記憶してます)、それ以来30年来のフィギュアファンです。しかし、松村選手はそのOPのあとの世界選手権で6位入賞を果たすもテレビでは放送されず、私の中では松村さんの現役時代の演技は幻でした。それがこのサイトで初めて拝見できて、ただただ感動しております。松村さんは正真正銘元祖フィギュア界のイケメンです!!彼のトリプルアクセルへの挑戦、そしてそれゆえの椎間板ヘルニア等の怪我も、今のフィギュア界に生きてますね。
最後に本当にありがとうございました。

Re: 感激!! - Sakura - 2010年05月11日 20:45:31[ 再編集・削除 ]

v-22YNさん

ご訪問&コメントありがとうございます。

レークプラシッド五輪の松村選手は風邪だったのですか。。。
男子選手の放送は本当に少ないですよね。

故障は椎間板ヘルニアだったのですか…
ヘルニアを患う選手は、スケート選手には多いですね。
トリプルアクセルへの執念はアスリートとしての本能だったのでしょうね。

クワド&イーグル萌え~ - どら@1492 - 2010年05月18日 05:48:01[ 再編集・削除 ]

フィギュアはやっぱり男子よね!のどらといたしましてはやっぱり彼をおいては語れない日本男子。そう、本田武史です。
松村さんのイーグルも素敵でしたが、やっぱりイーグルといえばタケシです!(今の人は小塚くんかな?)
線の太い、王様のような勇壮なイーグルを持っていたのはボイタノですが、タケシのイーグルはそれとは全く色合いの違う、燕のようなシャープな、それでいて哀愁を感じさせる、もう、「いつまでもやっててくれ~」といいたくなるような素晴らしいイーグルでした。

そして、国際試合で日本人として初めてクワドを決めたのもタケシでした。ジャンプ&イーグル萌えの私としては、本当に彼のプロは楽しみでした。
高橋くんの五輪メダル獲得、ワールド優勝でやっと男子にも光が・・・というかんじではありますが、出来れば私はタケシに最初の五輪メダルをとってもらいたかったな、と思います。いまはぽっちゃりしたおにいちゃんになっちゃって、解説席にいますけれど、もっと評価されてよかった選手だよな、とちょっと悲しくなることも。

タケシがワールドでクワドを初成功させたのがこの年です。
1998-1999シーズン 世界選手権 FS 『仮面の男』
http://www.youtube.com/watch?v=vgx4st5qJP8&feature=related
ヤグの俺様仮面もいいですが、私はやっぱりこのタケシのボクちゃん仮面(笑)が好きです。これの振り付けにはペトレンコの手が入っているらしく、アームの動かしかたとか、本当に優雅さがありますね。

そしてもうひとつ。このシーズンは途中でプロの変更をしたので、ひょっとしたら公式試合でこのFSを滑ったのはこのときだけだったかもしれません。動画見つけたときは狂喜しちゃいましたww。ジャンプの入りに、すごく工夫が凝らされているんですよ。今だったらGOE加点ばっちりだろうなぁ(笑)
Takeshi Honda (JPN) - 2001 Skate America, Men's Free Skate
http://www.youtube.com/watch?v=jaS_zpYHpa4&feature=related
特に、後半の2分50秒位からのイーグルからの3A!!!いやー、すばらしい。高さも幅も申し分なし!

回転速度、幅、高さ、そして美しい放物線を描く軌道・・・・。ジャンプとしては、タケシも含め、この頃のクワドジャンパーのビッグジャンプが一番美しいような気がします。

タケシのシニアデビューした頃はウル、トッド、ストイコがまだバリバリの現役で、そして同年代にはヤグ、プル、アブト、ワイス、ティモシー、チェンジャン、ミン・・・・といった綺羅星のごとく素晴らしいスケーターがいて、と順位的にはワールド3位が最高、という彼ですが、もっともっと評価されていい、と思います。当時、「今回は人間で一位は誰なんだろう?」というのがネタになってました(笑)
14歳で全日本選手権最年少優勝、それからずっと日本の一番手として男子シングルを引っ張ってきた彼。17歳で開催国のエースとして長野五輪を迎え、青年期の入り口、ともいえる21歳でソルトレイク五輪。。
ならば、青年期の最後の輝き、としてトリノ五輪に向かわせてあげたかった。足の怪我はジャンパーの宿命ともいえるものですが・・・切なかった。
トリノの表彰台、プルと並んであの人懐っこい笑顔でニコニコしているタケシを見たかった。本当に心からそう思います。

男子は…相変わらず? - Sakura - 2010年05月19日 03:04:33[ 再編集・削除 ]

v-22どら@1492さん

他のエントリーは活況なのにねぇ。。。(違っ?)

昨日、久しぶりに元全日本チャンピオンのBlogを訪問してコメントを残してきたら
メッセージが届いてました。

Blog記事【スケートママへ贈る詩】の転載希望だったので、快くお願いしました。
涙腺が緩む世代になったんですよね。

ちょくちょく交流してたのに、メッセージに本名書いて送るまで
私の正体はわかっていなかったようです。
かなり驚いてた様子でした。。。

彼のスケート記事も、スケート馬鹿特有のスケート愛が溢れてます。

TATSUYA@PARADISO:スケート
http://blog.livedoor.jp/ma4news8/archives/cat_50005656.html

彼の立場上、競技関係などは踏み込んだ内容を書いていない様子ですが
文面から伝わるものはあるかと思います。

彼の現役時代の動画も見つかればいいのにねぇ。。。

変わらぬ理念 - どら@1492 - 2010年05月19日 04:49:14[ 再編集・削除 ]

>他のエントリーは活況なのにねぇ。。。(違っ?)

全くです(爆)
まあ、いいじゃないですか、こういう隠れ家的なエントリーがあっても((笑))

例の騒ぎで男子のイーグル-コンビネーションジャンプの入っているプロを探しまくっていまして、いくつか副産物をみつけましたので機会があったら貼っていきたいと思いますが・・

興味深いのがこれ。
アレクセイ・ウルマノフ 1991-1992年シーズン(アルベールヴィル五輪シーズン)NHK杯
http://www.youtube.com/watch?v=MEJ6s6W82Go&feature=related
解説が五十嵐さんなんですが、おっしゃっていることがまさに今の時代もにぴったりあてはまる、というか、こういう理念でジャッジングはされ続けてきたんだな、という感じのお話で・・・。
クワドの失敗(クワドーダブル)にこだわるアナウンサーに、
「ただ、4回転ジャンプがプログラムの全てではないわけですね。それよりも、1つ1つ丁寧にこなして、より質の高いプログラムを完成させる、ということが一番大切なわけで、その中に要素のひとつとして4回転ジャンプが入ってくればさらに強い、そういったプログラムの作り方ですね。」
確かに、このプロはループのコンボ(この頃にはもう男子でセカンドループつける選手はあんまいなかったですよね)、チャーリーのコンボ、そしてラストにはジャンプシークエンス(2A~3S~2Tだったと思います、たぶん)という構成になっていて、連続ジャンプがすごくバリエーションに富んでいて見ごたえがあるんですよ(ただしこの動画ではTコンボ入らず、Seq途中でつまずき、なんですが)
だから、当時五十嵐さんの解説でなるほどー、とも思ったんですが、「でもやっぱりクワドが・・・」というのもファンの無責任な本心でもありまして(笑)

>回転速度、幅、高さ、そして美しい放物線を描く軌道・・・・。ジャンプとしては、タケシも含め、この頃のクワドジャンパーのビッグジャンプが一番美しいような気がします。

ペト、ウル、ヤグ、アブト、といったロシア勢(正直プルのジャンプはあまり・・ファンの方すみません)、トッド、ティモシー、タケシ、そしてチェンジャン、ミンといった中国勢、あと、アンソニー・リュウも綺麗なジャンプ跳んでました。高く大きく幅のある、というジャンプそのものを拡大していった感のあるクワド初期~ソルトの頃まで、といった感じで、でそれに人間の体が耐え切れなくなって省力化、っていう意味もあって空中スピン化していったのかなぁ・・という気がしました。


たつやさんの動画は機会があるたび検索してますが見つからないようですねぇ。全日本よりもNHK杯の方が、外国の方が上げてくれるチャンスがあるかもです。
ローマ字綴りいろいろ変えてみたりして(たとえばまことさんはkakou,kano,konoh,とか)探しても見ているんですがねぇ・・無良パパとたつやさんはまだ見つかりませんです。気長にお待ちください(笑)

 

隠れ家にオジャマ~ - Buendia - 2010年05月23日 13:38:07[ 再編集・削除 ]

YNさん、はじめまして。
松村さんを取り巻く当時の臨場感というか空気感のようなものが伝わってきました。ありがとうございました。私の「次の動画が同一人物に思えない...ジャンプの成功率の所為でしょうか? 」発言、すみませんでした。
m(*T▽T*)m オ、オユルシヲ・・・


どら@1492さん、
本田君と大輔君、2005年の世界選手権でトリノの枠確保に臨んだんですよね?本田君が公式練習中に捻挫して棄権(>_<)。大輔君もフリーで崩して枠は1つしか取れなかった。。。(間違ってたらすみません、リアルタイムでは知らず、後から得た知識です~)

そして今は橋選手のジャンプを指導するために本田君が隣にいる。ライバルでもあって、同志でもあって、今は師弟関係!素敵だなぁー。美談に仕立て上げすぎ?(^-^;;

ただ、、、私も本田君にはトリノに行って欲しかったです。。。(バンクーバーでも出て欲しかった☆)

----------------
フィギュア・シングルは個人競技ですが「チーム・じゃぱん」的な連帯があるような気がします。こずくんへの応援メッセージで「3枠確保に貢献しましたね、よく頑張りました」という、まるで母のようなクールでカッコいいメッセージが多く、清々しい驚きと共に、競技会によってはそういう目標もあるんだなぁ~、と開眼したことを覚えています。

いらっしゃいませ~! - どら@1492 - 2010年05月25日 02:15:11[ 再編集・削除 ]

皆さんあんまり男子には興味がないのかな~
ちょっと寂しいww

YNさん

レークプラシッドの松村さんが風邪だった、というのは私も初耳でした。ありがとうございます。

大きな大会っていうと、ドーピングの関係で薬の服用が思うに任せませんから、普段なら風邪薬や熱さまし一服飲んで安静にしておけば済むところ、すぐ高熱が出たり、と症状が重くなってしまうんですよね。
長野五輪のエルヴィスやヤグディン、ソルトレイク五輪のプルシェンコ、最近ではイエテボリワールドのヴォロノフ、昨年のGPSのヴェルネル、と高熱を押しての演技、というのはいくつもありますね。
見ているとホントに切ないですが、でも、その日のために練習してきた選手たちは、なんとしてでもリンクに上りたい、と思うのでしょうね。我々ファンは、本当に見ているだけしか出来ないですが・・・がんばってほしい、と応援の気持ちを送るだけです。

男子ではないですが・・・シングル時代の玲奈ちゃん
1995年の全日本選手権です
Rena Inoue 1995 Japan Nationals LP
http://www.youtube.com/watch?v=hEe5r0Ps8N4
これは見ていてホントに辛かった・・・思わずTVの前でもういいから、もう止めて!といってしまいそうになりました。


Buendiaさん>

>本田君と大輔君、2005年の世界選手権でトリノの枠確保に臨んだんですよね?本田君が公式練習中に捻挫して棄権

たしかにそう、なんですが・・
タケシの怪我は確かに公式練習時だったんですが、それを押して出場し、予選時に(当時は予選があった)、クワドを着氷の際に転倒し、そのまま起き上がれず、担架で運ばれていった、という状況でした。ホントに派手な転倒で、思いっきりフェンスにぶち当たってそのまま動けなくなってしまって・・・
どちらかというとタケシは転倒の多いタイプだったので、普段なら
「まーたやらかしやがって、クラッシャーなんだから、タケシはーww」
なんていってたもんですが、もう、あのときはそれどころじゃなかったです。続報が入るまで気が気じゃなくて・・
大ちゃんが崩れたのも、あれを目の当たりにしてたからなんじゃないですかねぇ・・・・
『ガラスのエース』呼ばわりは気の毒です。
そして翌年、トリノの枠を勝ち取った大ちゃんにインタビュアーが
「2人(そのとき隣にいた織田くん)で五輪枠を争ってきたわけですが」
と話を向けたとき、キッパリと
「いえ、3人です」←(タケシを入れて、3人、ってことです。)
といったのをきいたとき、、ああ、なんて良いやっちゃー、と思ったものでした(記憶だから若干台詞は違ってるかも)

おそらく、大ちゃんが五輪でメダルを取って一番喜んだのはタケシじゃないかな、って気もします。

『あきらめたらそこで試合終了ですよ・・・?』(安西先生) - Buendia - 2010年05月25日 07:49:43[ 再編集・削除 ]

。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。

どらさん、素敵なコメントありがとうございました。
知らないことがいっぱいありました。
感:・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。・動

『安西先生...バスケがしたいです』(スラムダンク)超えでした...

『長光先生…スケートがしたいです』 - ねこりん - 2010年05月25日 16:41:11[ 再編集・削除 ]

大ちゃんが去年一時行方不明になって帰って来た後も、こんなふうなやり取りがあったのかしら?

まあ、大ちゃんはミッチーみたいにみんなの練習しているところに乗りこんで暴れたりはしませんけどね(笑)

本田武史! - yotti - 2010年06月01日 20:46:45[ 再編集・削除 ]

どら@1492さん

実は私はテケが男子の中では別格に好きです(笑。
フィギュアを見始めた頃が、ちょうどテケのシニアデビューあたりで、その漢気に惚れてました。本気で田村君より顔も好みでした(笑。それからヤグプルにハマり、ロシアンにハマっていくのですけど、私はやっぱりソルトレイク時代が一番すきですね。ヤグプルテケゲーブルクリムキンチェンジャン張民他にもいっぱい。4回転はやっぱり特別です。そしてテケの4回転は美しかった。

>トリノの表彰台、プルと並んであの人懐っこい笑顔でニコニコしているタケシを見たかった。本当に心からそう思います。

本当にそう思います。これ読んでちょっと泣きそうになりました。プルもテケも大好きなスケーターなんで。


Sakuraさん本田さんのエントリー書いてくれないかなーと密かに期待しています。心は侍、彼は名言多いですよね。先輩として後輩たちを見守る言葉の優しさにも彼の性格が表れてますよね。あと、日本の現役選手たちがクワドに拘るのも3Aに拘るのも、やっぱりみどりさんやテケや、もっと多くの過去の偉人達をリスペクトしてるからなんだと、だから日本選手を応援したくなるんです。

Re: リクエスト - Sakura - 2010年06月03日 23:37:02[ 再編集・削除 ]

v-22yottiさん

こんばんは。。。

> Sakuraさん本田さんのエントリー書いてくれないかなーと密かに期待しています。心は侍、彼は名言多いですよね。先輩として後輩たちを見守る言葉の優しさにも彼の性格が表れてますよね。

リクエストとして心に留めておきます。。。
まだ、現役を退いて間もない元選手なので。間もない?(笑)

世が世なら世界チャンピオンでしょう。。。
彼のライバルが強力すぎた。

でも、本人はこの時代選手生活が出来て本当に幸せだったと思います。
素晴らしいライバルたちに囲まれてきたからこそ、あそこまで成長したのだと思います。

名言ふたつ - どら@1492 - 2010年06月04日 03:58:20[ 再編集・削除 ]

yottiさん

ホントにタケシは、世が世なら・・・って感じですよね・・・
彼が初めて全日本優勝したとき、
「くる、来る、彼は来る!今後10年日本をしょってたつスケーターになる!そう、伊藤みどりの男版だ!」と身震いするような感動を覚えたのが忘れられません。
そして、ほんとにずっと日本に複数枠をもたらし続け、今の日本男子の柱となり続けてくれました。

そんなタケシの、忘れられない言葉があります。

「4回転を跳んでいるときの気持ち、その瞬間はまるで自分が空を飛んでいるような気さえする。・・・・でもこのジャンプを僕はもうすぐ跳べなくなる。跳べなくなる、そう思うとたまらなく寂しいんです」
フィギュアスケーターの選手生命は短いです。そして、その中でもビッグジャンプをがんがん跳べる時期、というのは本当に限られている。まさに、生命の迸りです。もっと、もっと高く評価してほしい。

そんなタケシの演技を。2001年(ソルトレイクシーズン)のスケアメです
http://www.youtube.com/watch?v=B5CLRGlYcdA
当時当たり前だった4-3はともかく、イーグルからの3A!
しかし、ここまでやらなくちゃ宇宙人とモンスターに戦いを挑めなかったんですね・・・

そして、世が世なら・・・という人をもう一人。

アレクサンドル(サーシャ)・アブトです。

まさに、最強の3番手、として選手生活を終えたのが彼でした。彼の場合、比較対象者が悪すぎ。稀代のロシアンモンスター2体(ヤグ、プル)でしたから。
サーシャの場合、ウルより2つ下、ヤグより2つ上、で、ヤグより3つ下がプル、というかんじだったかな。しかし、このヤグプル2人の天才が早熟だったために存在がかき消されてしまったような感じで・・・・切ない。
ただ、このサーシャ、姓の【Abt】 はロシアには珍しいドイツ系のものらしく、現役時代に何度もドイツから移籍の誘いがあったようです。

しかし、
「ロシアで代表争いがキツイからと言って国籍を変えた選手で 大成した人はいない。
自分はこの争いの中でがんばって行きたい」

と言って、ずっとロシアにとどまり、モンスターたちに戦いを挑んでいたわけです。そして結局最後まで大きなタイトルには縁がないまま(現役最後の年のロシアンナショナルが唯一、と言っていい彼の獲得したタイトルです)現役生活を終えます。銀メダル、銅メダルはおそらく数えるのがいやになるくらい持っていたのに。

長身(180cm)で手足が長く、リンク栄えする姿態、おまけに美形で。クワド持ちで。

印象に残っている彼の演技

ソルトレイク五輪SPAleksandr Abt (RUS) - 2002 Salt Lake City, Men's Short Program
http://www.youtube.com/watch?v=VrvmrgBaz_A
正直、なぜこれがコンボ抜けのプルの下だったのか・・

2002年ユーロ Alexander Abt 2002 Europeans LP
http://www.youtube.com/watch?v=XdgAIamDJgg&feature=related

生まれた時代が異なっていたら、生まれた国が異なっていたら・・・・?
でも、きっと彼はすばらしいライバルを得た選手生活に悔いはなかったのでしょう。

これはきっと、タケシやティモシー、チェンジャンもきっと同じだろうだと思います。

泣ける名言 - yotti - 2010年06月07日 20:25:24[ 再編集・削除 ]

Sakuraさん

あ、気にしないでください(笑。
実はエントリーの中で、昔の選手の記事がすごく好きなのです。自分の知らない選手もいっぱいいて、その時代ごとのよさがあって。ルールのお勉強より選手の動画みるほうが楽しいです(笑。


どら@1492さん

いつもいろいろな動画ありがとうございます。知らない選手たちについて勉強させてもらってます(^^)

私もテケのその名言を知って泣きました。彼はホントにフィギュアが好きなんだなと。そしてテケはジャンプ以外も素晴らしかったですよね。仮面やリバーダンスのステップも好きです。でも4回転はやはり特別です。ホントにもっと評価してほしい!

そして!アブト大好きです~。2002のユーロは今でも何度も見返します。ロシアは王子様多いですよね。一番初めに知ったのは長野のクーリックなんですが、なんだこの王子、とロシアにまんまとはまっちゃいました(笑。

今見ても全く色あせない。テケもアブトも何度でも見たい選手です。

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